道半ば。あまりにも道半ばだ。心が折れる。「現実と夢の区別がなくなればいい」と、自分らで作った本の檄文に記したのはおよそ2年前。そんな境地へはまだまだ遠い。
それを目指すのはなんのため?といえば、楽になるためであり、楽しくいるため、としか言いようがない。
楽しくいるためには、掃除が必要だ。そもそも自分はたぶん、ものづくりをしたいのではなくて単に掃除がしたいのだ。文章を書くのは頭の掃除だし、理論を作るのは脳の掃除。ものをつくること自体はだいたいにおいて身のまわりにノイズを増やす行為だとしたら、翻って自分はノイズを消し去りたい側だから。
いやー、そう言いつつ、違くない?とも思う。なんですぐにわかりやすい二項対立にしようとするんだろうか。なにかを作っていること自体が「雑念を掃除すること」でもあるんじゃないのか。なんなら、マーケティング=マーケットを創出することなのなら、仕事全体がものづくりでもあるんじゃないのか。
とすると今度は全部が接続されすぎて窮屈だ。わからん。わからないので、Aqua Timez『Velonica』を聴いて走った。これはBLEACHのオープニングだったことも手伝って、涙なしに聴けない曲。フィクションの世界というのはこんなに豊穣で、僕らは目を閉じればすべてを思い浮かべることができる。月の光も、芽吹く大地も、歩き続ける死神たちの姿も。ここが太陽に忘れられた場所だとしても。
目を閉じている間だけはすべてがほんのひととき、掃除される。夢というのがそういうものなら、目を閉じていられる時間を少しでも増やすことこそが自分にとっての「ものづくり」だろうか。


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